キューバでのテレビ出演


コンタクト出演の様子

 90年の夏、”コンタクト”という土曜のゴールデンタイムに放送される、音楽、コント、対談ありのこのバラエティー番組にチカ・ブーンは出演しました。オープニングで演奏してそしてその後にインタビュー、そして日本料理を作って紹介しました。結果的には時間内に出来上がって問題は無かったけれど、生放送だというのにこの番組の終了時間が分からず作っていたのです。(日本では考えられないですね。)


出来上がった料理を生放送中に説明しているところです。

 そうそう、”コンタクト”第2部ではNG・ラ・バンダが出演するということもあってチカ・ブーンは彼らの楽器を借りて演奏したのです。NG・ラ・バンダの皆様、快く貸してくださってありがとうございます。この場を借りてお礼を言います。当時のNG・ラ・バンダにはあのイサック・デルガードがまだいたのですよ。
コンタクト出演の様子を森村あずさがFOLKCUBA JAPAN 1995のパンフレットにエッセイを書いているのを掲載します。


料理を作っている志村享子(中央)

カーニバルの国とチキンの照り焼き丼

森村あずさ

キューバの家庭料理は本当に美味しい。
 あれは初めてのキューバだったから1988年のこと。すでにありきたりのホテルの食事にへきへきしていた私にとって、その国の家庭料理はどんなものだろう、と興味津々だった。

 そんな折、友達のミュージシャン宅の食事に招待される機会に恵まれた。そこで頂いた食事の数々はなんとも美味しい、懐かしい味だったのだ。あずきを少し大きくした感じの豆を煮込んで、ごはんの上にかけて食べる”フリホーレス・ネグロス”、お赤飯のように豆とご飯を一緒に炊いた”コングリ”、そして豚の皮をかりっと油で揚げた”チチャローネス”。

 それらの料理を前に、片言ながらも会話が弾み、夜更けまでキューバの名曲の数々を唄い続けた。そして、もし彼らが日本に来たら今度は我が家で食事をと、堅く約束をして別れたのであった。彼らは地球の裏側へやってきた私に、家族の笑顔と愛情のこもった家庭料理は、どんな高級レストランもかなわぬものだということを改めて思わせてくれた。

 余談だが、これだけの料理を揃えるのは、物の少ない、ましてや配給制の国ではとても大変な事と後で知った時、彼らの歓迎の気持ちがよりいっそう深く胸に染み、感激した。

 その後、土曜日の夜に放送される”コンタクト”と言う番組にチカ・ブーンが出演した時のことだ。演奏とインタビューを終えた後、生番組中にあの有名な”てんぷら”や”すきやき”をぜひ作って欲しい、というテレビ側の要望があったのだ。気持ちは分かるけれど、エビや牛肉では高級品すぎる。いつもはいろいろな友人の家でご馳走になっていた私は、ひとりでも多くの人に日本の家庭料理を知ってもらいたくて、簡単に手に入る材料で出来るメニュー”チキンの照り焼き丼”を作ることにした。

 この料理には欠かせない醤油はキューバにもある。チキンは彼らの大好物、お米は主食だし、サトウキビの産地だけあってさすがにお砂糖は充分にある。ミリンやお酒がなくても照り加減にはなかなかの説得力あり。ご飯の上にチキンと炒り卵、グリーンピースをのせたら彩りも良く、本当に美味しそうに出来た。

 試食の時、出演者全員があっと言ういう間にたいらげて、気が付くとただ、ご飯だけが残っていた。丼物はご飯と一緒に食べるのだ、と説明したんだけど、日本の食の美学は伝わらなかったなぁ。

 でも番組終了の後、まだ当時行われていたカーニバルで大騒ぎの街へ繰り出すと、道行く人が口々に”今度作るよ””食べたいよ”などと嬉しそうに通りすぎて行くのが印象的だった。お互いの”食”を分かりあうことは、案外早く心が通じるものかもね。

 Folkcuba Japan 1995より


元に戻る